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鎌倉散歩シリーズ #4




鎌倉大仏は屋外にある唯一の国宝。

後輩ちゃん 鎌倉散歩シリーズ第4弾、大仏編ですね!

ピッポ 報国寺から大仏までは、今回は江ノ電を使ったんだ

後輩ちゃん あれ、前回行ったときはバスじゃなかったでしたっけ?

ピッポ そうですね、前回はバスだったんだけど、今回は最寄り駅まで歩いて江ノ電に乗ってみたんだよ。同じコースでも移動手段を変えると、結構印象が変わるんですよね
─ 江ノ電は実は元・路面電車 ─

後輩ちゃん 江ノ電ってお得な切符とかあるんですか?

ピッポ 一日乗車券の『のりおりくん』があってね、これがあると気軽に乗り降りできて便利なんだ。鎌倉散歩で何度も乗り降りする予定があるなら、持っておいて損はないと思うよ

後輩ちゃん 江ノ電って、なんか可愛いですよね。路面電車みたいな雰囲気あるし

ピッポ それがまさにそうでね、江ノ電って開業したの1902年、明治35年なんだけど、最初は本当に路面電車として走ってたんだって。藤沢から鎌倉まで全線開通したのは1910年。その後、戦争中の1944年に普通鉄道への変更が許可されて、1945年から今みたいな鉄道になったんだよ

後輩ちゃん もともと路面電車だったから、あののんびりした雰囲気が残ってるんですね

ピッポ そうですね。江ノ島から腰越のあたりは今でも道路の上を走る区間があってね、車と並んで走る姿はまさに路面電車そのものなんだ。1970年代には廃止の話も出るくらい厳しい時期があったらしいんだけど、今は外国人観光客にも大人気の路線になってるんだよ

後輩ちゃん 廃止の危機があったんですね、知らなかったです。残っててよかった
─ いよいよ鎌倉大仏と高徳院 ─

ピッポ で、また大仏様。何回見ても圧倒されちゃうんですよね、あの存在感は

何度見ても圧倒される存在感の鎌倉大仏

後輩ちゃん 確かに凄い迫力ですよね大仏様っていつからあるんですか?

ピッポ これがまた歴史が複雑でね。『吾妻鏡』っていう鎌倉時代の記録によると、今の青銅製の大仏の建立が始まったのは1252年、建長4年頃って言われてるんだ。実はそれより前、1238年から木造の大仏が作られてたんだけど、何らかの理由で10年も経たないうちに金銅製に作り直されたらしくてさ

後輩ちゃん 木造のあと、金属に作り直したんですか。理由は分かってないんですか?

ピッポ それが諸説あってはっきりしないんですよね。大嵐で木造の大仏が壊れたとか、木造のは鋳型として使われたとか言われてるけど、正確なところは謎のままらしくて。鎌倉幕府の有力者や浄光っていうお坊さんが集めた寄付で作られたとは言われてるんだけど、誰の発案で何のために作られたのかも、実はちゃんとした記録が残ってないんだって

後輩ちゃん あんなに大きくて有名なのに、謎が多いんですね

ピッポ もともとは大仏殿っていう建物の中に安置されてたんだけど、これが何度も天災で倒れちゃっててね。1334年と1369年には大風で、1498年には大地震と津波で倒壊したって言われてるんだ。それ以降は再建されずに、今みたいに屋根のない露座の姿になったんだよ

後輩ちゃん だから今、外にあるんですね。雨ざらしでも700年近くもつなんてすごいです

背面から見た大仏。背中には窓も見える

ピッポ 像の高さは約11.3メートル、重さは約121トンもあるらしいよ。江戸時代には荒れ果ててたのを、浅草の商人の寄付を受けたお坊さんたちが修復して、今の『高徳院』っていうお寺として再興したんだって

胎内に入ると内部の構造を間近に見られる

後輩ちゃん お土産とかも大仏モチーフのものあるんですか?

ピッポ あるよ。境内のお土産屋さんに大仏の形した雑貨とかお菓子が置いてあってね、僕もついひとつ買っちゃったんだ

境内の回廊に掲げられた大わらじ
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後輩ちゃん 御朱印もいただけるんですか?

ピッポ うん、大仏様の近くでも御朱印いただけるから、報国寺でまだ書いてもらってない人はここで御朱印帳を開いてみてね
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後輩ちゃん 次は最後の小町通り編ですか?

ピッポ そう、今回は締めにちゃんとお昼ごはんを食べてきたから、その話をするね


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